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2011/12/31 |
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僕らの120日間戦争(4) |
「子どもをどうしよう・・・」
誰が子どもの面倒見るんだよ!?(○ω○;)
どーすんだよ、、、自分!?(○ω○;)
明日から普通に夏期講習やんか!!!(○□○;)
しかし、こういう事態は
決してすべてが想定外ではなかった。
ただし、現実的に想定していたのは
「自分」に何かあったときのことだった。
「妻」にここまでの事態が降りかかることは
「空想」はできても
「想定」はできていなかったのかもしれない。
その点では、僕の持つ判断力に対して
最上級のジャッジメントを要求されたのです。
「長野、、、、そうだ長野、、、長野行くぞ!」(・ω・´;)
速攻で出した結論はこれだった。
長野は妻の実家。
中央高速で2時間も走れば到着する距離。
「預けよう、、、こいつを義父母のとこに預けよう。」
息子はなんて思うだろう?
いや、でもそれしかない!
入院の準備のために自宅に戻る地下鉄の駅で
子どもの了解も得ることなく
僕の独断で長野の義父母の家に電話。
電話の向こうに事情を伝えたら
予想通りの驚きの後、暫くの絶句が続く。
絶句してんだから丁度いい!
お願いすることは一気に伝えるぞ!(←脳のリミッターが切れてます)
「子ども、、、子どもを預かってください!」
「…うん、わかった。夏休みの間全部ってことよね。
今から来るんだよね。気をつけておいでよ。」
救われた。。。
助かった。。。
なんとかなる。。。
…この「なんとかなる」が
間違いなく僕の都合であって
子どもの気持ちなんて完全に無視していたことを
今でも悔やんでいます。
でも、これしかなかったんです、その時の僕には。
動き出した地下鉄の中で
まだ小学校1年生の息子は何を思っていたのでしょう?
でも、そんなこと想像している暇などなかった。
「じいちゃんとばあちゃんのおうち、今から行くからね」
「え!ばあちゃんち!? うんっっ」
「ばあちゃんの言うことちゃんと聞けるよね」
「うん、だいじょうぶだよぉ」
母親と暫く会えない現実を
まだよく理解していないのかもしれない。
どう言ってよいかわからず
搾り出した言葉がこれだった。
「・・・強い子になろうね」
「うん、ぼく、つよいこになる」
このやり取りが、その時の父と子の
精一杯の絆の確認だったのかもしれない。
・・・続く
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2011/12/14 22:21:04 |
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